【鳥人間】CFRP桁にアセトンをかけるのは大丈夫?~エポキシ樹脂の硬化反応を見る~
以前少し話題になっていたので。
※化学系のお話をします。専門的になってしまいますがご了承ください。また、必ずしも正しいかはわからないです。
本題は
「CFRP桁にアセトンはかけても大丈夫なのか?」
です。
まずは桁に影響があるとすれば何処なのか。
炭素繊維?エポキシ樹脂?
結論から申し上げますと
浸すほどの量を一度に使い続けなければ、問題ないかと思います。
(追記:有機化学反応でしか議論していないので、高分子化学、更にミクロな視点を見ていった場合には問題が出てくるかもしれません)
1.概要
まず炭素繊維に対してアセトンは問題ないです。
エポキシ樹脂は少し厄介です。
CFRP桁のエポキシ樹脂が完全に硬化していることを前提としますと問題ないのですが、硬化前ですとアウトです。(自作桁において硬化前にアセトンをかけることはないと思いますが…)
例えば、接着目的で2液混合タイプのエポキシ樹脂を使いまして、作業台に溢してしまった状況を想定しましょう。
通常キッチンペーパーなどで拭き取った後に、アセトンで洗浄、そして水拭きでもすればある程度綺麗になりますよね。
しかし、溢した樹脂を拭き取らずに硬化してしまったらどうでしょう?
硬化後はアセトンをかけても、ドロドロに戻る…なんてことはありませんよね。
2.エポキシ樹脂の硬化反応
それではなぜ硬化後はセーフで、硬化前はアウトなのでしょうか。
それは硬化後に化学的な構造が変化するためです。
エポキシ樹脂には主剤と硬化剤があります。本来、主剤を「エポキシ樹脂」と呼び、硬化剤を「エポキシ樹脂の硬化剤」と呼びます。
主剤、つまりエポキシ樹脂は
「1つの分子内にオキシラン環(エポキシ環)を2つ以上含んでいる化合物」
と定義されます。
エポキシ樹脂といっても構造が多種多様に存在します。
基本骨格として、2つのオキシラン環を持つ上のような分子構造を想定してみます。
硬化剤は
・多官能アミン
・多官能フェノール類
・多官能チオール類
などが存在しますが、今回は一般的なアミン系の硬化剤を見てみます。
このような硬化剤を想定します。
この2つを混合し、熱をかけてあげると
上のような反応が進行します。
具体的な機構としては、硬化剤の窒素上の孤立電子対が、主剤のオキシラン環の立体障害が小さい端の炭素をアタックします。
こうして片側のオキシラン環が開くわけですが、もう片方にはまだオキシラン環が残っています。
ここに別の硬化剤の窒素上孤立電子対がアタックを…と繰り返し反応が進行し、ポリマー化します。
全体を見てみると長い鎖の間に架橋が形成され、ネットワークを作っているように見えるわけです。
このことからエポキシ樹脂の接着が強固であることがわかります。
3.アセトン存在下の反応
この反応系中にアセトンが存在していたとします。
この場合、硬化剤の窒素上の孤立電子対がアセトンのC=Oの炭素をアタックしてイミンを形成してしまう可能性が考えられます。
電気陰性度からO>Cですので、炭素の電子密度が下がるため、アタックを受けやすくなるわけです。
しかし反応速度的にはオキシラン環の3員環の歪みを解消したい方向へ進むと思われますので、あくまでも副反応として考えられる、ということです。
4.硬化してからアセトンが存在すると…
硬化剤は元々第一級アミンを2つ持っていました。
しかし、上記反応の生成物を見てみると、硬化後は第三級アミンに変わっています。
勿論孤立電子対は存在しますが、こうなってしまえば立体障害が上がっていますのでアタックしにくくなります。
つまり、そこから新たにアセトンのC=Oに攻撃する余裕は無くなっているわけです。
そもそも余裕があったとすれば主剤との反応が進むはずですから尚更なのかなぁと思います。
5.溶媒の樹脂への浸透(追記)
twitterでご指摘があったので追記したいと思います。
これまではエポキシ樹脂の硬化反応に阻害物質としてどのように働くのかを見てきました。
しかし、例えば界面化学において疎水性相互作用や脂質膜の構成に起因する力は反応だけで議論出来るものではありません。
今回においても、視点を更に小さくしていきますと、溶媒が硬化後の樹脂の間隙へ浸透することで分子間力は低下し、結果として炭素繊維強化プラスチックの強度を下げる…可能性があるということです。
とある報告例によりますと、エポキシ樹脂へのアセトン浸透性はアルコール他溶媒と比べても非常に高い、とあります。
また、吸収量に大きな影響が出るのは数時間以上の浸漬のようです。
従ってCFRP桁に対して、アセトンが布巾から滴り落ちるほどの量を数時間使い続けるとヤバいです。
少量かつ数回に分けて使うのであれば、表面のアセトンは浸透よりも先に揮発していくかと思われます。
勿論極少量のアセトンの浸透は考えられます。
一度樹脂内部へ浸透した溶媒は相互作用・気液界面積の観点から、通常の揮発性よりも劣りそうです。
どの様にアセトンを使うにしても極少量は浸透する可能性はあり、また、外部へ出ていくのは難しそうですが、それがどれだけ強度低下に起因するのかはわかりません。
自分的には浸すほどの量を一度に使い続けなければ、問題ないかと思います。
(5章の内容はほぼある方のツイートを参考にさせて頂きました)
6.番外 ~洗浄としてのアセトンの代用~
硬化前にアセトンを使って洗浄できることも、2.3.の通りです。
先程はスルーしてしまいましたが、硬化剤として多官能フェノール類もありました。
つまり、硬化剤以外のOH基を持つ化合物も反応阻害物質なのです。
言い換えれば洗浄としての溶剤に利用出来る可能性があるということです。
→OH基…アルコール…消毒用エタノールなんかももしかしたら利用出来そうですね。
長くなってしまいましたが、要するに
①樹脂構造に変化は生じるのか?
表面にアセトンが付着
→エポキシ樹脂硬化後なら有機反応は起こらない!硬化前ならアウト!
②樹脂構造内部にアセトンが入り込むことで影響はあるのか?
パターンA 少量かつ数回に分けてアセトンを塗布
→表面のアセトンは揮発する→極少量は浸透の可能性→誤差
パターンB 量が多いかつ長時間の浸漬
→溶媒浸透が促進→強度低下
と、自分の中では結論付けました。
所々間違っているかもしれません。閲覧ありがとうございました。